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node: spot_jakarta_kota_tua_jakarta
type: spot
slug: kota_tua_jakarta
destination: dest_jakarta
title: "コタ・トゥア"
lead: "コタ・トゥアは、オランダ東インド会社が十七世紀に築き、のちにマラリアに明け渡したバタヴィアの残りである。中心にはファタヒラ広場と旧市庁舎、四つの博物館があり、今は車を通さない。"
published: 2026-08-12
updated: 2026-08-12
image_file: spot_jakarta_kota_tua_jakarta.jpg
image_source: "https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Batavia_Fatahillah_Square,_Kota_Tua_Jakarta_01.jpg"
image_author: "Aisha Tanduk"
image_license: "CC BY-SA 4.0"
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## 概要

会社はオランダの都市のように運河で町を割ったが、熱帯でそれが育てたのは交易ではなく蚊であり、一八〇〇年ごろには富裕層は南の高台へ移っていた。広場に立つ一七一〇年の市庁舎は今のジャカルタ歴史博物館で、地下の牢は開かれたままである。向かいにはワヤン博物館と美術陶磁博物館があり、広場にはシ・ジャグールの砲が横たわる。今も土地の俗信の対象である。

## 見どころ

広場は夕方遅くがよい。家族連れで埋まり、貸し出しの桃色の自転車が出てくる。北へ十分歩けばスンダ・クラパで、木造のピニシ船が今も旧港で人手により荷を積んでいる。広場の二階のカフェ・バタヴィアは、珈琲一杯の値段で座れる植民地時代の内装である。
