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node: spot_bandung_braga_street
type: spot
slug: braga_street
destination: dest_bandung
title: "ブラガ通り"
lead: "ブラガはバンドンの植民地時代の目抜き通りで、オランダ人がこの街をジャワのパリと呼んだ一九二〇年代のアール・デコの店構えが数百メートル続く。週末は車を通さない。"
published: 2026-08-12
updated: 2026-08-12
image_file: spot_bandung_braga_street.jpg
image_source: "https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Braga_Street,_Bandung.jpg"
image_author: "Alharomain354"
image_license: "CC BY-SA 4.0"
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## 概要

この通りは、計画された高原の首都の商店街であった。オランダはバタヴィアから植民地政府をここへ移すつもりでおり、大通りとデコと涼しい空気は、戦争が計画を終わらせるまでに生まれたものである。当初の正面がそのまま残る建物がいくつもあり、メゾン・ボゲレインとして商っていた喫茶店も今なお同じ角にある。一九五五年にアジア・アフリカ会議が開かれたグドゥン・ムルデカは一区画南にある。

## 見どころ

歩行者天国となり大道芸人が出る土曜の夕方に歩きたい。デコは二階の高さにあるので見上げること。一階部分は幾度も改装されている。グドゥン・ムルデカのアジア・アフリカ会議博物館と組み合わせるとよい。無料で、三十分で見られる。
