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node: garment_three_kingdoms_china_dress
type: garment
slug: three_kingdoms_china_dress
title: "三国時代の装い"
lead: "三国時代の装いは、六十年の戦乱を越えて着られ続けた後漢の装いである。左を上に合わせる交領の袍、余裕のある者の広袖、官の冠に代わる布の頭巾——変わったのは裁ちよりも、誰が何を着るか、規則がどれほど緩んだかであった。"
published: 2026-08-17
updated: 2026-08-17
image_file: three_kingdoms_china_dress.jpg
image_source: "https://commons.wikimedia.org/wiki/File:%E4%B8%89%E5%9B%BD%E9%9D%92%E7%93%B7%E6%8A%9A%E7%90%B4%E4%BF%91.jpg"
image_author: "三猎 — Eastern Wu celadon figurines of zither players, Shangfang, Nanjing"
image_license: "CC BY-SA 4.0"
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## 概要

漢の朝廷は印綬の色に至るまで位階で装いを分けていたが、漢の崩壊はその執行だけを持ち去り、かたちは残した。袍はなお深衣の系譜にあり、身に巻いて帯で締め、右の身頃を下にする。将軍と太守と隠退した学者の違いは、おおむね生地と袖幅と、頭に載るものにある。魏や呉の墓の画像磚や俑は、身分の大きく異なる男たちに同じ輪郭を与えている。

## 着方と特徴

袍は胸の前で右を下に合わせ、腰の帯で留める。留具はなく、すべては帯にかかっている。広袖は手より深く垂れ、何かをするには手繰り上げねばならない。手を使わぬ者にとってはそれこそが眼目である。兵士や人夫は同じ袍を細く裁つか、短い上衣と袴を着る。髪は髻に結い、覆う。官職にある者は漆の冠で、ないことを示したい者は素の布で。

## 歴史

この時代が意味を持つのは、発明よりも緩みにおいてである。官の冠は頭巾に独占を奪われ、広袖は制服ではなく主張になり、魏の朝廷が繰り返し出した服制の復旧は、繰り返し無視された。晋が天下を再び合わせたとき、受け継がれた衣裳は見紛いなく漢のものであり、それを取り巻く習いはそうではなかった。
