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node: fashion_showa
type: fashion
slug: showa_era_fashion
title: "昭和時代のファッション"
lead: "昭和の装いは、戦時の耐乏から戦後の洋装へ、そして世界的な影響力へと揺れ動いた。戦中のもんぺや国民服は、やがて日常の洋服に道を譲り、昭和後期には日本人デザイナーがパリの流行を覆した。"
published: 2026-07-27
updated: 2026-07-28
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renamed_from: "showa_era"
change: "歴史セクション配下へ統合し、見出しに「のファッション」を付した"
requester: internal
reason: "オーナー方針によりファッションを独立させず歴史の各時代配下に置くため"
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## 概要

戦時には、男性の国民服(一九四〇年)が定められ、女性は実用的なもんぺをはいた。一九四五年ののちは既製の洋服が急速に日常の標準となり、着物は儀礼の装いへと退いた。

## 主な装い

一九七〇年代からは日本人デザイナーが世界の舞台に立った。パリの高田賢三と三宅一生、続いて一九八一年の山本耀司とコム・デ・ギャルソンの川久保玲であり、その簡素で脱構築的な黒は、西洋の衣服観に挑んだ。国内では一九八〇年代のDCブランドの流行が、デザイナーズ・ブランドを大衆の現象にした。

## 移り変わり

着物は成人式や婚礼、あらたまった場へと狭まり、続く平成には、東京のストリートがそれ自体ひとつの流行の力となっていく。
