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node: saadi
type: person
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title: "サアディー"
lead: "サアディー（1210年頃〜1291/92年、生没年には諸説ある）はシーラーズ出身の詩人で、『ブースターン（果樹園）』と『ゴレスターン（薔薇園）』の二大傑作で知られる。最も愛されるペルシア詩人のひとりに数えられる。"
published: 2026-07-10
updated: 2026-08-27
change: "冒頭の本文節を書き改め、ページ自身のリード文の繰り返しをやめた。"
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reason: "当該の節はリード文をそのまま繰り返しており、最初の見出しの下に置かれた最初の文章が、読者が検索結果ですでに読んだ文面になっていたため。"
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image_source: "https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Chiraz_Saadi.jpg"
image_author: "ChristianeB"
image_license: "CC BY-SA 4.0"
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## 人物

1210年頃シーラーズに生まれ、当時最高の学府であったバグダードのニザーミーヤ学院で学んだ。ホラズム・シャー朝とモンゴルの動乱の時代に若くして故郷を離れ、数十年にわたりイスラム世界の各地を旅した。ただし作品に描かれた旅の範囲には文学的な自己演出が含まれると、研究者は注意を促している。帰郷したシーラーズは、サルグル朝の君主が早々に恭順してモンゴルの進路を避けた土地であった。二大傑作が1257年と1258年に成ったのは、廃墟とならずに済んだ数少ないペルシアの都市においてである。

## 何をしたか

のちに地元のサルグル朝支配者のもとでシーラーズに戻り、連続する二年で二つの傑作を生んだ。韻文の『ブースターン（果樹園）』（1257年）と、散文に韻文を交えた『ゴレスターン（薔薇園）』（1258年）であり、教訓的な物語と機知、処世の知恵を、名高い平明な文体で語る。彼のガザル（抒情詩）はペルシア抒情詩の偉大な伝統に連なり、その散文の文体は数世紀にわたってペルシア語の文章教育を方向づけたというのが標準的な評価である。

## 後世への影響

人類は一つの体であり、その各部は同じ本質から造られているから、一部が苦しめば他も安らかではいられない――この趣旨の名高い詩句は、しばしば国際連合と結びつけて語られる。実際には、イランが寄贈したこの詩句入りのペルシア絨毯が2005年からニューヨークの国連本部の会議室に掲げられているのであり、入口に刻まれているという広く流布した話は俗説である。2009年には米大統領オバマがノウルーズの声明でこの詩句を引用した。シーラーズにある廟（サアディーイェ）は20世紀半ばに再建された重要な記念建造物であり、イランでは毎年サアディーを記念する日が設けられている。
