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node: fashion_roman_empire
type: fashion
slug: roman_empire_fashion
title: "ローマ帝国のファッション"
lead: "帝政ローマでは、トガは重く儀礼的な衣となり、日常はチュニックが主役になった。東方から輸入された高価な絹が奢侈として批判される一方、装いは色と模様を増していった。"
published: 2026-07-28
updated: 2026-07-28
image_file: roman_empire_fashion.jpg
image_source: "https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Fresco,_Portrait_of_a_the_Baker_Terentius_Neo_and_His_Wife.jpg"
image_author: "TyB"
image_license: "CC BY 2.0"
change: "歴史セクション配下のファッションページとして作成し、時代の装いを描いた画像を添えた（イタリア地域）"
requester: internal
reason: "オーナー方針によりファッションを歴史の各時代配下に置くため"
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## 概要

帝国の富と交易が、絹をはじめとする華やかな織物を各地にもたらした。

## 主な装い

男性はクラウィ（縦縞）を織り込んだチュニックをふだん着とし、正装にトガをまとった。女性はチュニックの上にストラ、外出にパッラを羽織った。のちには広袖のダルマティカが広まった。染料による色分けが身分を示した。

## 移り変わり

西ローマの崩壊後、装いはビザンツと初期中世ヨーロッパの様式へと移っていった。
