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node: fashion_ptolemaic
type: fashion
slug: ptolemaic_egypt_fashion
title: "プトレマイオス朝のファッション"
lead: "プトレマイオス朝では、ギリシア系の支配層とエジプトの民という二重の装いの世界が生まれた。宮廷ではギリシアのキトンやヒマティオンが、民衆にはなお亜麻の伝統的な装いが用いられた。"
published: 2026-07-28
updated: 2026-07-28
image_file: ptolemaic_egypt_fashion.jpg
image_source: "https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Dendera._Hathortempel_Exterieur_Reli%C3%ABf_op_de_zuidelijke_fa%C3%A7ade_met_centraal_offersc%C3%A8ne_van_Caesarion_en_Cleopatra_VII_Philopator_aan_de_enneade_van_Dendera,_GDE001186.jpg"
image_author: "Dendera Temple relief — Cleopatra VII and Caesarion"
image_license: "Public domain"
change: "歴史セクション配下のファッションページとして作成し、時代の装いを描いた画像を添えた（エジプト地域）"
requester: internal
reason: "オーナー方針によりファッションを歴史の各時代配下に置くため"
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## 概要

アレクサンドリアを中心に、ギリシア・エジプトの文化が交わり、装いも二つの世界が併存した。

## 主な装い

マケドニア系の王族や上層はギリシア風のキトンとヒマティオンをまとった。クレオパトラは、ギリシアの女王としても、エジプトの女神・ファラオの装いでも表された。エジプトの民衆は、伝統の亜麻の腰布とシースドレスを続けた。

## 移り変わり

ローマがエジプトを併合すると、ローマの装いとファイユームの肖像の世界へと移っていく。
