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title: "プラチャーティポック（ラーマ7世）"
lead: "プラチャーティポック（ラーマ7世、1893〜1941年、在位1925〜35年）は、シャム最後の絶対君主にして最初の立憲君主である。1932年のタイ立憲革命で憲法を受け入れ、1935年に退位した。"
published: 2026-07-10
updated: 2026-07-10
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## 人物

チュラーロンコーン（ラーマ5世）の末子で、英国のイートンとウーリッジで教育を受けた。1925年、兄ワチラーウットの死去を受けて即位した。

## 何をしたか

財政の逼迫を引き継ぎ、世界恐慌の中で官吏の俸給を含む予算削減で対応した。これが革命を生む不満の一因になったと一般に評価される。1932年以前に憲法改革の草案を検討したが、制定には至らなかった。1932年6月24日、国王のホアヒン滞在中に人民党（カナ・ラーツァドーン）がバンコクを掌握すると、抵抗せずに憲法を受け入れ、シャム最初の立憲君主となった。その後、王権をめぐる対立から新体制との関係は悪化し、1933年には王党派によるボーウォラデット親王の反乱が鎮圧されたが、国王の関与が立証されたことはない。1934年に治療のため英国へ渡り、1935年3月2日に退位した。退位声明では、権力を国民全体に委ねる用意はあるが、特定の集団に委ねるつもりはないと述べた。

## 後世への影響

その後は英国で静かに暮らし、1941年に没した。退位声明はタイ立憲史で最も引用される文章のひとつである。王位は幼い甥のアーナンタ・マヒドン（ラーマ8世）が継いだ。
