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node: parthian
type: period
slug: parthian_empire
title: "パルティア"
lead: "パルティア（前247年頃〜224年）は、パルニ族のアルサケス1世が建てたアルサケス朝によるイランの大国である。重装騎兵と弓騎兵で知られ、ローマと数世紀にわたり争い、シルクロード交易を握ったのち、224年に臣下であるペルシスのアルダシールに倒されてササン朝へと交代した。"
published: 2026-07-10
updated: 2026-07-10
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## 概要

パルティアは前247年頃、パルニ族の族長アルサケス1世によって建てられ、その家系はアルサケス朝として君臨した。前2世紀半ばのミトリダテス1世のもとで、メディア、メソポタミア、セレウコス朝の東方領を奪い、イランの大国を復活させた。国家は属王国と大貴族の家門から成る、封建的で分権的な性格のものであり、都はニサに、のちにティグリス河畔のクテシフォンに置かれた。

## 主な動き

軍事面では、装甲をまとった重騎兵（カタフラクト）と弓騎兵が有名で、疾駆する馬上から振り返りざまに矢を放つ射法はパルティア人の代名詞として語り草となった。ローマにとって最大の東方のライバルであり、前53年のカルラエの戦いではクラッススの軍団を全滅させている。このとき奪われた軍団旗は前20年、アウグストゥス治下の条約で返還され、その後もアルメニアとメソポタミアをめぐる戦争と休戦が数世紀にわたり続いた。またパルティアは漢の中国とローマを結ぶシルクロード交易を押さえ、仲介者として富を築いた（漢では安息の名で知られた）。文化面では、ヘレニズムが次第に退いてイランの伝統が復興し、ゾロアスター教が多くの信仰と並んで実践された。

## 終わりと移行

ローマとの戦争と内紛によって国力は衰え、王朝は内側から倒れた。224年、アルサケス朝最後の王は臣下であるペルシスのアルダシールに打倒された。このアルダシールこそ、ササン朝の創始者である。
