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node: ottoman_egypt
type: period
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title: "オスマン朝支配期"
lead: "オスマン朝支配期（1517〜1805年）のエジプトは、セリム1世のマムルーク朝征服後、イスタンブールから派遣される総督（パシャ）が治めるオスマン帝国の属州だった。実権はしだいにマムルークのベイたちに握られ、ナポレオンの遠征を経て、1805年のムハンマド・アリーの総督就任で旧体制は終わった。"
published: 2026-07-10
updated: 2026-07-10
image_file: ottoman_egypt.jpg
image_source: "https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sabil_of_Yusuf_Bey,_Al-Suyufiyya,_Cairo_03.jpg"
image_author: "Hassan Hamdy wahidy"
image_license: "CC BY-SA 4.0"
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## 概要

1517年のセリム1世によるマムルーク朝への勝利ののち、エジプトはオスマン帝国の属州となった。統治にあたったのはイスタンブールから派遣される総督（パシャ）だったが、実権はマムルークのベイたちと分け合われ、しだいに彼らの手に移っていった。マムルークは引き続き補充され、地方と税収を支配し続けた。エジプトは帝国に穀物と税収を供給し、紅海のコーヒー・香辛料交易の要衝であり続けたが、大西洋航路や喜望峰ルートにより、その比重は時とともに低下していった。

## 主な動き

18世紀にはマムルークの諸派閥はほぼ自立状態となり、アリー・ベイ・アル＝カビールは反乱を起こして、1768〜72年には一時的に離脱さえした。1798年、ナポレオン・ボナパルトのフランス遠征軍がピラミッドの戦いでマムルーク軍を破ってエジプトを占領した。1801年、イギリスとオスマン朝の軍事行動により、フランス軍は撤退を余儀なくされた。

## 終わりと移行

フランス軍撤退後の権力の空白は、1805年、オスマン朝の軍人ムハンマド・アリーが総督として認められたことで決着した。これは旧体制の事実上の終わりであり、新しい時代の始まりだった。
