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node: naqsh_e_jahan_square
type: art
slug: naqsh_e_jahan_square
title: "イマーム広場"
lead: "イマーム広場（ナクシェ・ジャハーン広場）は、アッバース1世が都をイスファハーンに移した1598年から1629年にかけて造営された同市中心の大広場。王のモスク、シェイフ・ロトフォッラー・モスク、アーリー・カープー宮殿、バーザールの門に囲まれ、世界最大級の都市広場のひとつと評される。"
published: 2026-07-12
updated: 2026-07-12
image_file: naqsh_e_jahan_square.jpg
image_source: "https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Naghshe_Jahan_Square_Isfahan_modified.jpg"
image_author: "en:User:Arad"
image_license: "CC BY-SA 3.0"
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## 概要

イマーム広場は「世界の像」を意味するナクシェ・ジャハーン広場の名でも知られる、イスファハーン中心部の壮大な広場である。アッバース1世がサファヴィー朝の都をこの街に移し、帝国の威容を示す都として整備した1598年から1629年にかけて造営された。

## 特徴

広場は約560メートル×160メートルの長方形で、2層の連続するアーケードに縁取られている。南に王のモスク、東に繊細なタイル装飾のシェイフ・ロトフォッラー・モスク、西にアーリー・カープー宮殿、北にグランド・バーザールへ通じるゲイサリーイェ門と、四方の傑作が向かい合う。シャーの御前で行われたポロ競技の石のゴールポストが今も両端に残る。

## 歴史と影響

広場はサファヴィー朝の国家儀礼、市場、競技の舞台となり、王権・宗教・商業の営みをひとつの構図に結び付けた。1979年、イラン最初期の登録としてUNESCO世界遺産に記載され、同年の革命後は公式にイマーム広場と改称されて今日のイランではこの名が一般的である。現在もイスファハーンとサファヴィー朝建築の中心的存在であり続けている。
