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node: modern_italy
type: period
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title: "現代イタリア"
lead: "現代イタリアは1946年6月2日の国民投票以来共和国であり、1948年に発効した憲法のもとで統治されている。"
published: 2026-07-11
updated: 2026-08-27
change: "冒頭の本文節を書き改め、ページ自身のリード文の繰り返しをやめた。"
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reason: "当該の節はリード文をそのまま繰り返しており、最初の見出しの下に置かれた最初の文章が、読者が検索結果ですでに読んだ文面になっていたため。"
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image_source: "https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Altar_della_Patria_September_2015-1.jpg"
image_author: "Alvesgaspar"
image_license: "CC BY-SA 4.0"
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## 概要

国民投票は僅差であった。共和制支持がおよそ1270万票、君主制支持が1070万票で、イタリアの女性が参加した初の全国投票でもあった。ウンベルト2世は即位から1か月で国を去り、選挙で選ばれた制憲議会が憲法を起草して、1948年1月1日に発効した。イタリアは欧州共同体の原加盟国であり、1957年には共同市場を創設する条約をローマで結んでいる。この最初の時期に築かれた政党政治の体制は、1990年代初頭の汚職捜査がその大半を押し流すまで続いた。

## 主な動き

イタリアはNATO（1949年）と欧州共同体（ローマ条約、1957年）の原加盟国となり、1950年代から1960年代の戦後の「経済の奇跡」によって自動車、ファッション、デザインで知られる工業国となった。政治は頻繁な政権交代、1970年代の「鉛の時代」のテロリズム（1978年に元首相アルド・モーロが誘拐され殺害された）、そして旧来の政党体制を一掃した1990年代初頭のマーニ・プリーテ（清潔な手）汚職捜査によって特徴づけられた。

## 終わりと移行

イタリアは原加盟国としてユーロを導入し、G7の経済大国かつ欧州連合の中核加盟国であり続けており、現在に至るまで債務、人口、そして移民の課題に直面している。
