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title: "メディア王国"
lead: "メディア王国（前678年頃〜前550年）は、エクバタナを都としたイラン系メディア人による最初のイラン人帝国とされる。バビロニアと結んでアッシリア帝国を滅ぼしたが、前550年にキュロス2世に敗れ、その遺産はペルシアに受け継がれた。"
published: 2026-07-10
updated: 2026-07-10
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## 概要

メディア人は北西部高地のイラン系民族で、前678年頃〜前550年、エクバタナ（現ハマダーン）を都として、最初のイラン人帝国とされる国家を築いた。ただし通説はヘロドトスの記述に大きく依拠しており、中央集権的なメディア国家がどこまで実在したかは、考古学的には議論が続いている。

## 主な動き

キュアクサレス王のもと、メディアはバビロニアと同盟してアッシリア帝国を滅ぼした（前612年のニネヴェ陥落）。これがメディアの最も重大な行動であった。その勢力はイラン高原を越えて東アナトリアに達し、リディアとの戦争は戦闘中に起きた日食を機に終結した——伝承では、タレスが予言したとされる前585年の日食と結びつけられている。

## 終わりと移行

前550年、母がメディアの王女であったと伝えられるペルシア王キュロス2世が、最後のメディア王アステュアゲス（ヘロドトスによればキュロスの祖父）を破り、エクバタナを手に入れた。ペルシアはメディアの行政、宮廷儀礼、貴族層を吸収し、ギリシア人は長くペルシア人を「メディア人」と呼んだ。ギリシアとペルシアの戦争が「メディア戦争」と呼ばれたのはそのためである。
