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node: magna_carta
type: event
slug: magna_carta
title: "マグナカルタ"
lead: "マグナカルタ（大憲章）は、1215年6月15日、ジョン王がラニーミードで承認した特許状で、国王も法に拘束されることを認めさせた。その適正手続きの条項はイングランド立憲主義の礎となった。"
published: 2026-07-11
updated: 2026-07-11
image_file: magna_carta.jpg
image_source: "https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Magna_Carta_(British_Library_Cotton_MS_Augustus_II.106).jpg"
image_author: "Unknown"
image_license: "Public domain"
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## 何が起きたか

武装した貴族の反乱に直面したジョン王は、恣意的な王権を制限する63か条の特許状を受け入れた。最も名高いのは、自由人は同輩の合法的裁判または国の法によらなければ逮捕・投獄・財産剥奪されないこと、そして裁判を売らず遅らせないことを定めた条項である。

## 背景

重税とフランスでの軍事的失敗、とりわけ1214年のブーヴィーヌの敗戦が貴族たちを反乱へ駆り立てた。憲章は原則の宣言であると同時に講和条約であり、教皇インノケンティウス3世は数週間のうちにこれを無効と宣言、内戦が再燃した。

## 影響

ヘンリー3世の下で1216年、1217年、そして決定版となる1225年に再発布され、マグナカルタはステュアート朝に対抗する議会の拠りどころとなり、アメリカ合衆国憲法から人権諸章典まで後世に響き続けた。1215年版の原本は4通が現存する。
