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title: "長征"
lead: "1934〜1936年、紅軍は包囲された南方の根拠地から中国西北部へと戦略的に退却した。伝統的に2万5000里と数えられるこの行軍は中国共産党を存続させ、毛沢東の指導権を固めた。"
published: 2026-07-09
updated: 2026-07-09
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## 何が起きたか

1934年10月、中央紅軍は江西ソビエト区から脱出した。約8万6000人が出発したが、湘江の渡河戦でほぼ半数を失った。1935年1月の遵義会議は毛沢東の軍事指導権を高めた。赤水河の四度の渡河、大渡河に架かる瀘定橋（英雄的な奪取の物語は党の正史であり、その細部は歴史家の間で議論がある）、雪山と高地の草原を経て、1935年10月、数千人の生存者が陝西省北部にたどり着いた。他の方面軍も1936年10月までに合流した（会寧での合流）。

## 背景

蔣介石による第五次包囲討伐作戦が成功し、紅軍は包囲された南方の根拠地を放棄せざるを得なくなった。

## 影響

中国共産党は延安を根拠地として生き残り、毛沢東の指導が確立された。第一方面軍の行程は伝統的に2万5000里（伝統的な数え方で約1万2500キロ。現代の推計はこれより短い）とされ、長征は中華人民共和国の記憶における建国の叙事詩となった。
