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node: lam_son_uprising
type: event
slug: lam_son_uprising
title: "ラムソン蜂起"
lead: "黎利（レ・ロイ）が率いた10年の蜂起（1418〜1427年）は明の占領支配を終わらせ、後黎朝の建国につながった。"
published: 2026-07-09
updated: 2026-07-09
image_file: lam_son_uprising.jpg
image_source: "https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Map_of_the_Lam_S%C6%A1n_uprising_(vi).png"
image_author: "Bản gốc của Betoseha"
image_license: "CC BY-SA 4.0"
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## 何が起きたか

1418年、清化（タインホア）の在地領主・黎利（レ・ロイ）が藍山（ラムソン）で明の支配に対して挙兵した。山中でのゲリラ的な生き残りから、運動は全国的な軍へと成長した。政治面では文人戦略家の阮廌（グエン・チャイ）が支え、その書簡と檄文は明の守備隊の戦意を削いだ。

1427年、支棱・昌江（チラン＝スオンザン）の戦いで明の救援軍が壊滅し、指揮官の柳升が戦死した。残る守備隊には撤退が認められた。

## 背景

明は1407年に大越を併合していた。記録に残るベトナム側の訴えでは、この占領は重い課税、文化的抑圧、そしてベトナムの書籍の没収や破壊とともに記憶されている。

## 影響

黎利は1428年に後黎朝を開いた。阮廌による戦勝の布告「平呉大誥（ビン・ゴー・ダイ・カオ）」は、ベトナムでは偉大な独立宣言として記憶されている。
