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node: garment_huapendixie
type: garment
slug: huapendixie
title: "花盆底靴"
lead: "花盆底靴は満洲族の女性の厚底靴で、土踏まずの下に一つの木の台を据え、その一点で歩く。清朝の宮廷における纏足に代わるものであり、負けず劣らず特徴のある歩き方を生んだ。"
published: 2026-08-18
updated: 2026-08-18
image_file: huapendixie.jpg
image_source: "https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Shoes_for_a_Manchu_noblewoman%2C_China%2C_Qing_dynasty%2C_mid_1800s_AD%2C_silk%2C_wood_-_Textile_Museum%2C_George_Washington_University_-_DSC09970.JPG"
image_author: "Daderot — Manchu platform shoes, mid-1800s, Textile Museum, George Washington University"
image_license: "Public domain"
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## 概要

甲は平らな絹の靴で、刺繍を施し、玉を縫い付けたものも多い。それを高さ五から十五センチの木の台に載せる。台は白く塗り、踵の下ではなく土踏まずの下に据える。名のある形は二つ――地面側が広い「花盆」と、地面側が狭い「馬蹄」である。踵と爪先では支えないので、足は一点の上で揺れる。

## 着方と特徴

歩幅を小さく、腕をわずかに開いてゆっくり歩く。中央の一点で均衡を取るのは実際に難しい。そこから生まれる揺れが賞玩され、真似られた。宮廷や旗人の家の満洲族女性が思春期から履き、まっすぐな長い襯衣に合わせた。裾が地に付かないのはこの高さのおかげである。年配の女性や使用人は平らな靴を履いた。

## 歴史

満洲族の女性は纏足をせず、清朝は旗人女性にこれを禁じたため、漢族の纏足が果たした標識の役を、満洲族では厚底靴が果たすようになった。両者は正反対の手段で同じ社会的な仕事をしている――働いていないことを示す、制限された急がない歩きである。清朝の宮廷とともに消え、今日は博物館と時代劇のなかにある。多くの人が出会うのは後者である。
