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node: garment_hellenistic_dress
type: garment
slug: hellenistic_dress
title: "ヘレニズムの装い"
lead: "ヘレニズムの装いは古典期のキトンとヒマティオンを保ち、着方を変えた。布は薄く量は増え、外衣を身体にきつく巻きつける流行が生まれる——タナグラの陶製小像がその最良の記録である。"
published: 2026-08-17
updated: 2026-08-17
image_file: hellenistic_dress.jpg
image_source: "https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Woman_Tanagra,_small_terracotta,_late_4th%E2%80%933rd_c_BC,_Prague_NM-H10_1752,_151097.jpg"
image_author: "Zde — Tanagra terracotta, a woman wrapped in a himation over a chiton"
image_license: "CC BY-SA 4.0"
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## 概要

部品に新しいものはない。肩で留めるか縫う長方形の衣と、その上の長方形の外衣。新しいのは扱いである。布が軽く豊かになったので、外衣は身体を二重に巻き、片肩を越え、頭の後ろへ引き上げ、内側から握って閉じられる。生まれる輪郭は、片腕だけが現れる柱である。タナグラやミュリナの女性像は、これを何十通りにも見せ、しばしば広いつばの日除け帽と扇を伴う。同じ襞はアレクサンドリアからバクトリアまでの彫像に現れる。

## 着方と特徴

キトンは着てから帯を締める。胸の下と腰と、二重に締めることもある。手間がいるのはヒマティオンで、背から右脇を回し、前を横切り、左肩か左腕に掛ける。留まるのは張力と、内側から布を握る手による。外衣が腕を覆うので、身振りは全体の形で作られる。ヘレニズムの彫刻が襞そのものを表現に使い、多くの像が布のなかの動きとして読めるのはそのためである。

## 歴史

この様式はギリシア人の入植とともに旅し、エジプトからインダスに至る教養層の視覚的な装いとなった。着たのは血統の上ではギリシア人でない人々である。ローマは外衣を取ってパリウムとし、哲学者の、のちにはキリスト教聖職者の装いにした。ガンダーラの彫刻はそれを仏に着せた。自らの文明より長く生き延びた稀な衣裳であり、生き延び方は、一つの観念のための衣裳になることであった。
