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node: fashion_french_indochina
type: fashion
slug: french_indochina_fashion
title: "フランス領インドシナのファッション"
lead: "フランス領インドシナの時代、西洋の影響のもとでアオザイが近代化した。一九三〇年代、画家グエン・カット・トゥオン（ルムール）が、体に沿う洗練された近代のアオザイを生み出した。"
published: 2026-07-28
updated: 2026-07-28
image_file: french_indochina_fashion.jpg
image_source: "https://commons.wikimedia.org/wiki/File:LE_TONG-DOC_(Une_campagne_au_Tonkin).jpg"
image_author: "Henri Thiriat, after Hocquard — a Vietnamese provincial governor (1892)"
image_license: "Public domain"
change: "歴史セクション配下のファッションページとして作成し、時代の装いを描いた画像を添えた（ベトナム地域）"
requester: internal
reason: "オーナー方針によりファッションを歴史の各時代配下に置くため"
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## 概要

フランスの植民地支配と近代化のなかで、都市では西洋服が広まり、伝統の装いも変わっていった。

## 主な装い

一九三〇年代、ハノイの画家グエン・カット・トゥオン（フランス名ルムール、Le Mur）は、五身の長衣を体に沿う一枚仕立ての近代的なアオザイへと作り替えた。都市の女性のあいだで、これは新しい流行の装いとなった。男性は洋服やトルコ帽風の帽子も採り入れた。

## 移り変わり

一九四五年以後、独立と分断のなかで、アオザイは国民的な象徴の装いとなっていく。
