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node: etruscan
type: period
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title: "エトルリア文明"
lead: "エトルリア人は中部イタリアを支配したローマ以前の有力な文明であり、前900年頃から前100年頃まで栄え、初期のローマに深い影響を与えた。ローマの拡大とともにその文化は吸収され、前1世紀までにローマへと融合していった。"
published: 2026-07-11
updated: 2026-07-11
image_file: etruscan.jpg
image_source: "https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sarcophagus_of_the_Spouses_from_Villa_Giulia_in_Rome.jpg"
image_author: "Sailko"
image_license: "CC BY-SA 4.0"
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## 概要

エトルリア人は、中部イタリアのエトルリア（おおむね現在のトスカーナ、ウンブリア西部、ラツィオ北部にあたる地域）を支配した、ローマ以前の有力な文明であった。前900年頃から前100年頃まで栄え、前7〜前6世紀に最盛期を迎えた。その言語は非インド・ヨーロッパ語族に属し、ギリシア文字を改変したアルファベットで書かれたが、今なお部分的にしか解読されていない。

## 主な動き

エトルリアは都市国家のゆるやかな連合で、伝承では12の都市からなり、ウェイイ、タルクィニア、チェルヴェテリ、ヴォルテッラなどがあった。エトルリア人は金属細工、豊かに彩色された墓室、そして排水・道路・アーチといった土木技術で知られた。彼らはローマに深い影響を与え、タルクィニウス家というエトルリア人の王が初期のローマを統治し、ローマは剣闘士競技、鳥占いや腸卜による占い、神殿建築、ファスケス、トガといったものを彼らから受け継いだ。ギリシア人ともフェニキア人とも交易した。

## 終わりと移行

ローマはエトルリアを都市ごとに吸収し、ウェイイは前396年に陥落した。その文化はローマ化され、前90〜前88年の同盟市戦争によって完全なローマ市民権が与えられ、その頃までにエトルリア人はローマへと融合していた。
