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node: rosetta_stone_discovery
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title: "ロゼッタ・ストーンの発見"
lead: "1799年、ロゼッタ近郊で要塞の改修にあたっていたフランス兵が、同一の勅令を3種の文字で刻んだ石碑ロゼッタ・ストーンを発見した。この石碑を鍵として1822年にシャンポリオンがヒエログリフの解読を発表し、エジプト学という学問が誕生した。"
published: 2026-07-10
updated: 2026-07-10
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## 何が起きたか

1799年7月、ナイル・デルタのラシード（ロゼッタ）近郊でジュリアン要塞の改修にあたっていたフランス兵が、花崗閃緑岩の石碑を掘り当て、士官ピエール＝フランソワ・ブシャールがその重要性を見抜いた。石碑には、前196年にメンフィスで国王プトレマイオス5世のために発布された同一の勅令が、エジプトのヒエログリフ、デモティック（民衆文字）、古代ギリシア語の3種の文字で刻まれていた。

## 背景

ヒエログリフの知識は古代末期以来失われていた。学者たちが解読の鍵として必要としていたのは、未知の文字と既知の言語を併記した対訳テキストであり、この石碑はまさにそれを提供した。

## 影響

フランスの敗北後、石碑は1801年のアレクサンドリア条約によってイギリスに引き渡され、1802年以来大英博物館で展示されている。解読では、イギリスの博学者トマス・ヤングがデモティックや王名枠（カルトゥーシュ）の分析で先鞭をつけ、フランスの学者ジャン＝フランソワ・シャンポリオンが1822年にヒエログリフの解読を発表して、エジプト学を一つの学問分野として打ち立てた。エジプトは石碑の返還を公式かつ公然と要求しており、返還をめぐる議論は今も続いている。
