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node: building_of_the_great_wall
type: event
slug: building_of_the_great_wall
title: "万里の長城の建設"
lead: "万里の長城は一つの壁ではなく、約2000年にわたり築かれた多数の城壁の総称である。今日北京近郊で見られる煉瓦と石の長城は、ほぼすべて明代（1368〜1644年）のものだ。"
published: 2026-07-09
updated: 2026-07-09
image_file: building_of_the_great_wall.jpg
image_source: "https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Badaling_China_Great-Wall-of-China-01.jpg"
image_author: "CEphoto, Uwe Aranas"
image_license: "CC BY-SA 3.0"
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## 何が起きたか

戦国時代の諸国は、互いに対して、また草原の勢力に対して城壁を築いた。前221年の統一後、始皇帝は将軍・蒙恬に北方の城壁の連結と延長を命じた（前214年頃）。これは版築（突き固めた土）による工事で、目に見える形ではほとんど残っていない。漢はさらに西方へ城壁を延ばし、シルクロードの回廊を守った。

## 背景

今日の象徴となっている望楼付きの煉瓦と石の長城——北京近郊の八達嶺や慕田峪——は、ほぼすべて明代（1368〜1644年）のもので、1449年の土木の変によりモンゴルの脅威が高まって以降、特に増強された。徴発労働の犠牲の大きさは、泣き声が城壁の一部を崩したと伝えられる孟姜女の伝説を生んだ。

## 影響

公式調査では、明代の長城は約8,850km（2009年）、歴代のすべての城壁の合計は21,000km超（2012年）と測定された。1987年にユネスコ世界遺産に登録された。なお「宇宙から肉眼で見える」という通説は誤りである。
